教師への道を自ら外れる
高校入学後に変わったことといえば、勉強についていけなくなったこと。小・中時代はどちらかというと周りの友達に勉強を教えるような立場だったのが、完全に逆転。
高校は望んでいた第一志望に合格したのだが(自分ではそこまで背伸びしたつもりはなかったが)、とにかく周りの友達は、まぁ勉強ができる人ばかり。
2年生だったか3年生だったかは覚えていないが、学年での順位が明確になる初の全国模試でそれは起こった。1学年で約350人ほどの生徒数だったが、なんと下から6番目に。この時は「これは何かの間違いだ」とさほど気にしなかったが、問題は次の模試。
順位が上がったことに嘘はないが、上がった順位はたったの1。つまり、それは下から7番目を意味しており、この時初めて「これが僕の実力でここが定位置なんだ」と悟った。
これ以降、とにかく勉強に対しては脳がシャットダウンするようになり、苦手意識だけが何の制限なく成長し、勉強については諦めた。
高校3年生になっても偏差値40くらいで現役合格はほぼ不可能な状態。大学受験にかんしても、当初の予想が一切覆ることがなく不合格連発の中、奇跡的に1校だけ補欠合格の頼りが届いた。
祈りながら数日待っていると、なんと合格者の辞退があり、運よく大学へ現役合格を果たす。自身でも相当驚いたが、友人たちの驚きようはそれ以上だった。
私が入学したコースは、4年間同じメンバーで過ごす40人くらいの体育専攻のクラスでほぼ全員が教職志望。もちろん私も教職を希望し、中学からの先生になる夢へ向けて順調に単位を取得していった。
しかし、本格的に教員免許を取得する過程に進むかどうかの帰路に立つ大学3年生の時、何を思ったか、突如教職への道に進むことをやめたいと思い始めた。「部活の顧問になったら家族との時間がほとんど取れない」と考えたのだ。
当時、彼女もいなかった私が、なぜ突如として将来の家庭のことを考えたかは私自身にも全く分からない。なにはともあれ、中学時代から10年近く目指していた教職に進む道から、こうしてあっけなく自ら外れるという事実だけが残った。
ちなみにクラス40人の中で教職課程に進まなかったのは、家業を継ぐ予定の経営者の息子と私のみ。あとは全員教職過程の道に進んだ。
大変ながらも教育実習を経て帰ってきた仲間の顔は、充実感で溢れていた。その時、初めてみんなと違う選択をしたことが間違いだったかもしれない、と不安を抱いたのも今となっては懐かしい。
