「夢はプロ野球選手」の小学校時代
私の小さな頃の夢。それはプロ野球選手になること。物心ついたころから兄の影響で野球を始め、小学校1年生の時に兄が所属するスポーツ少年団、通称スポ少へ入団。
そのまま野球にのめり込んだことから、自然と将来プロ野球選手になることを夢見るようになっていたが、今思えば本当にプロ野球選手になりたかったのか?と思う。
なぜなら、スポ少時代の練習は週1回、しかも日曜日の午前中のみという限られたものだったにもかからず、雨で中止になると喜んでいたから。
しかし、一方で、学校から帰って暇さえあれば壁当て(壁に向かって一人でボールを投げる練習)をしていたことをはっきり覚えている。
こんな感じだったので、当時野球選手に本気でなりたかったのか、いやその前に、そもそも本当に野球が好きだったのかさえ、私自身も今ひとつわからない(笑)
そんな状態だったが、最終学年の6年生の時は運も味方し、優勝3回、準優勝1回の成績。「オレ、結構いけてるかも?」と、とんだ勘違いをしていたのもこの頃。
本気かどうかは今となっては分からないが、大して練習もしてなかったくせに、プロ野球選手になりたいと周囲に言っていたのだから、脳内お花畑で幸せなヤツだったのだと思う。
学校生活はというと、常に手を挙げて遠足や修学旅行などでは班長を、スポーツ大会ではキャプテン役を、リーダー的な役割はなんでもやった。でも、なぜか学級委員などをやった記憶はない。この線引きはなんだったのかは全くもって不明(笑)
先頭に立ってみんなを導くことが好きだったのかもしれないが、なぜリーダー的な役割を積極的にやったのか振り返ってみても、その理由はよく覚えていない。
一つ覚えていることとしては、スポーツ大会の時、小学校6年生時の担任の先生から「自分が目立とうとスタンドプレーでやるのではなく、みんなを上手く巻き込んでプレーするのは良いところ」と言われたことを覚えている。
恐らくその先生はそんなことを言った記憶はないだろうが、何気ない一言が、思いのほか相手の心に残ることがある。だからこそ、言葉は乱暴に扱わず大切に選んで使いたいなと、今でもふと当時を思い出すことがある。
リーダー的な役割を買ってでるなど、とにかく小学校は楽しかった思い出しかない。ただ、周りの人を活かすリーダー的な役割を積極的に買って出たのも小学校まで。なぜか中学に入ると、そういうものに積極的になることを拒んでしまった。
