チーム作りの転機
そんな中、あるコーチの存在と一人の後輩の行動が僕を動かした。
そのコーチとはプロ野球の世界には入らなかったものの、有名なプロ野球選手を輩出する大学、その先の名門の社会人チームでも第一線で活躍した方。野球経験や技術でいえば雲のような存在。そんな方が縁あって、私たちに指導してくれることになった。
当時、既に50を過ぎ60近い年齢だったと思うのだが、その雲の上のような存在の方は、練習や試合には私たちと同じ時間に集合していた。
今のことは分からないが、当時監督やコーチは選手と同じ集合時間にくることはまずなく、多くの場合アップし始めた頃に来ることが当たり前だった。つまり選手の集合時間からだいぶ経ってから合流するのが普通の光景だった。
これは私たちのチームが特別だったのではなく、他のチームも基本的には同じような状況だったと記憶している。
だからこそ、選手と同じ集合時間に来ること自体が驚きだったし、今でもその記憶が鮮明に残っているのだろう。そして、そのコーチは単に遠くから見ているだけでなく、準備運動している選手一人ひとりに声をかけていたのだ。
他愛もない話もあれば、最近の体の調子についてヒアリングするなど、とにかくコミュニケーションを各選手と取っていた。
遅れて来ることが当たり前だった時代、選手と同じ集合時間に来て、そして一人一人の選手に声がけするコーチに、自然と多くの選手は心を開き慕っていた。もちろん、私自身も心を開いていたり、何よりコーチを慕うチームの雰囲気を察していた。
そのことを改めて教えてくれたのが一人の後輩だ。周りから慕われていない、距離を置かれていると感じていた私にとっては大きな出来事だったのだが、私に進言してくれた一人の後輩がいた。
もう20年以上も前のことなので詳細は覚えていないが、そのコーチの振る舞いに対する彼なりの考えを私に伝えてくれたのだ。「そのコーチのように、自分から選手とコミュニケーションを取ることが大事なのではないでしょうか?」そんな内容だったと思う。
チーム作りが思うようにいかず(当時の私の振る舞いからすると当たり前の結果だが)、悩み続けていた私にとっては、勇気を持って先輩に自分の考えを伝えるその行為が何よりも嬉しかった。
そこから、私自身も考え方、そして行動を変えていくことを誓った。具体的にはコーチを真似て、私から声がけをして選手に歩み寄ることにしたのだ。
肘や肩を始めとする体の調子はどうか、いつもと違う様子を感じ取ったら声をかけるなど、やったことは誰でもできるほんの些細なこと。そんな小さな行動から始まったものだったが、チームは少しずつ、だが確実に変わっていった。
雰囲気が悪かったころは、主将である私に声をかける後輩は誰一人としていなかった。それが徐々にではあるが、声をかけられる回数が増えていった。それまではあり得なかった光景が今ここで起こり始めている。この変化が現れた頃から、私自身、チームが良い方向に動き始めた手応えを感じていた。
苦しい時期が続いたこともあり、最後の夏合宿の頃の野球生活は私にとっては幸せでしかなかった。雰囲気が悪かった頃は最低限の練習で終わっていたのが、雰囲気がガラッと変わってからは、選手がそれぞれやるべきことを理解し、夜の自主練習では自らキツイ練習を課して個別練習する選手までも現れた。
そんな様子を見れたことが心から嬉しかった。もちろん合宿自体は体を追い込むので相当キツい。私自身、1時間近くに渡る個人ノックの後、過呼吸になって倒れるなど練習自体はハードだったが、心では充実感に満たされていた。
